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東京地方裁判所 平成8年(ワ)23816号 判決 1998年1月23日

呼称

原告

氏名又は名称

赤川彰彦

住所又は居所

神奈川県横浜市青葉区美しが丘三丁目六四番二四号

代理人弁護士

浅井通泰

呼称

被告

氏名又は名称

新日本法規出版株式会社

住所又は居所

愛知県名古屋市中区栄一丁目二三番二〇号

呼称

被告

氏名又は名称

実藤秀志

住所又は居所

千葉県船橋市松が丘一丁目三五番一号

代理人弁護士

平尾正樹

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四〇万円及びこれに対する平成八年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

1 被告らは連帯して、原告に対し、金二六八万三〇九三円及びこれに対する平成八年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告らは、別紙被告知者目録記載の者に対し、別紙告知書目録記載の各告知書を、別紙告知条件目録記載の告知条件で、一回告知せよ。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 第1項について仮執行宣言

(予備的)

1 主位的請求の趣旨第1項、第3項、第4項のとおり。

2 被告らは、原告に対し、朝日新聞全国版(朝刊)に別紙広告目録記載の広告を、別紙掲載条件目録記載の掲載条件で、一回掲載せよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の著作権及び著作者人格権

原告は、「失敗しないための定期借地権活用法ー地主にとってリスク・落とし穴はないかー」と題する書籍(著者原告他二名、平成六年八月一〇日初版発行、発行所株式会社税務経理協会。以下「原告書籍」という。)のうち、別紙一覧表B欄記載の部分(以下「被侵害部分」という。)の著作者兼著作権者である。

2  被告らの行為

被告実藤秀志(以下「被告実藤」という。)及び被告新日本法規出版株式会社(以下「被告会社」という。)は、共同して、平成七年七月五日、被告実藤他七名を著者として、「Q&A定期借地権をめぐる諸問題ー法律・税金から有効活用法までー」と題する書籍(以下「被告書籍」という。)を出版、発行し、そのころから、全国規模で頒布、販売した。

被告実藤は、被告書籍のうち、別紙一覧表A欄記載の部分(以下「侵害部分」という。)の原稿を作成した。

3  複製権侵害

被告書籍のうち侵害部分は、それぞれ別紙一覧表記載の対応する原告書籍、の被侵害部分の表現と酷似し実質的に同一である。

被告実藤は、被侵害部分に依拠して、対応する侵害部分の原稿を作成した。

よって、被告らの前記2の行為は、原告が原告書籍について有する複製権を侵害したものである。

4  氏名表示権侵害

被告らは、前記2の行為を行うに際して、侵害部分に原告の氏名を表示していないから、原告の氏名表示権を侵害したものである。

5  被告らの故意、過失

被告実藤は、故意により、原告の複製権及び氏名表示権を侵害した。

被告会社は、当初は過失により、平成七年九月二〇日に、被告書籍の販売が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものである旨の通告を受けた後は、故意により、原告の複製権及び氏名表示権を侵害した。

6  損害

被告らの不法行為により、原告は次のとおりの損害を被った。

(一) 財産的損害 三八万三〇九三円

(1) 被告書籍の発行部数は、三〇二〇冊であり、このうち頒布されたのは、二六一二冊である。被告書籍の販売価格は、一部四四〇〇円である。

(2) 書籍の出版により著作者が受領する通常の印税額は、書籍の定価の一〇パーセント相当額である。

(3) 原告書籍は三名の共著であり、原告の印税取得分は三分の一と取り決められているから、原告が被告書籍の発行について通常受けるべき金銭の額は、定価四四〇〇円の一〇パーセントの額に頒布部数二六一二冊を乗じた一一四万九二八〇円の三分の一に当たる三八万三〇九三円である。

(二) 慰謝料 二〇〇万円

(1) 原告は、平成七年九月一九日付内容証明郵便で、被告会社に対し、侵害部分の販売差止、廃棄を要求した。これに対し、被告らは、同月二三日ごろから、原告を含む原告書籍共著者三名と面談し、五〇〇冊は現に保管中であり、二五〇〇冊について回収努力をする旨説明しながら、回収努力を怠って販売を続行、放置し、同年一二月一九日には、保管中であった五〇〇冊を下回る四〇八冊を回収した旨を回答してきた。結局、被告らは、原告の意思に反して、発行部数の大半を売却してしまった。

(2) 被告らは、原告に対し、被告らからの提案を受託せずに裁判を提起するなら、被告会社は原告が勤務する銀行の名古屋支店に多額の預金があるので、同支店を介して和解の途を探る旨、また、原告が独自に真実の著作者が原告である旨を後記7のとおりの推薦者に告知した場合は、右銀行の使用者責任を追及する旨を告知し、もって、原告の正当な権利行使を妨害した。

(3) 被告書籍の編集についても、素材の選択、配列に、原告書籍の編集と類似している点がある。

(4) これらの事情に、前記侵害行為の態様を考慮すれば、原告の著作者人格権を侵害されたことによる精神的損害の慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 三〇万円

原告は、原告訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起をやむなく委任し、着手金三〇万円を支払ったほか、成功報酬として利益額の一五パーセントを支払う旨約した。右内金三〇万円を損害として請求する。

7  名誉回復措置

(主位的主張)

原告の氏名表示権侵害についての名誉回復措置として、少なくとも、右侵害の事実を知らされないまま被告書籍の推薦文を作成して推薦者となった別紙被告知者目録記載の者に対し、別紙告知書目録記載の各告知書を、別紙告知条件目録記載の告知条件で、一回告知する必要がある。

(予備的主張)

頒布された被告書籍の回収廃棄は極めて困難であること、被告書籍の購入者を原告は特定できず、購入者は全国的広範囲に及んでいることを考慮すれば、原告の氏名表示権侵害についての名誉回復措置として、朝日新聞全国版(朝刊)に別紙広告目録記載の広告を、別紙掲載条件目録記載の掲載条件で、一回掲載する必要がある。

8  まとめ

よって、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの損害賠償及び名誉回復措置を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(原告の著作権及び著作者人格権)は認める。

2  同2(被告らの行為)のうち、被告実藤が被告会社と共同して被告書籍を出版、発行、販売、頒布したことは否認し、その余は認める。被告書籍を出版、発行、販売、頒布したのは被告会社である。

3  同3(複製権侵害)は認める。

4  同4(氏名表示権侵害)は認める

5  同5(被告らの故意、過失)のうち、被告実藤の故意及び被告会社の過失は認め、被告会社が平成七年九月下旬以降故意により侵害行為を行ったことは否認する。右時期以降の侵害行為は存在しない。

6  同6(損害)について

(一) 同(一)(財産的損害)の(1)、(2)は認め、(3)は争う。

被告実藤の複製箇所は、多く見ても、被告書籍の七三頁、七六ないし八一頁、三八〇頁、三八一頁、三八三頁、三八四頁の計一一頁であり、その財産的損害額は、三万〇三一六円である。

(二)(1) 同(二)(慰謝料)(1)のうち、原告が内容証明郵便で被告会社に対し、侵害部分の販売差止、廃棄を要求したこと、被告らが原告を含む原告書籍共著者三名と面談したことは認め、その余は否認する。

被告らは、決して「五〇〇冊は現に保管中である」とは述べておらず、二五〇〇冊は既に販売しており、五〇〇冊残っていると伝えたのである。五〇〇冊残っているとは、倉庫に保管中のもの以外に、営業員が販売用に持ち出しているもの、斡旋元に見本として置いているもの、特定書店に委託しているもの等、売り上がっていないものが五〇〇冊あるという趣旨である。

被告会社は、平成七年九月二二日に原告から被告書籍の発行の差止を要請され、直ちに本社及び支店に販売中止を指示した。その後、被告書籍のうちの右五〇〇冊の回収に努め、回収できた四〇八冊は廃棄して、その奥付を原告代理人に送付した。

そして、右指示後も、発送済みのダイレクトメールによる申込書が三〇〇部郵送されてきたので、これについては、被告書籍を疑義のない図書に作り直して配本した。

(2) 同(二)(2)のうち、被告らが原告の正当な権利行使を妨害したことは争い、その余は認める。被告らの行為は、正当な弁護権の行使である。

(3) 同(二)(3)は否認する。

(4) 同(二)(4)は争う。

被告らは、前記のとおり、著作権等の侵害の疑義表明を受けてから、直ちに原告外二名の著作者を訪ねて謝罪し、被告書籍の回収に努めた。また、代理人弁護士を選任して対応させ、相当額以上の損害賠償金の支払を提示した。裁判でも、誠実に対応した。このような対応を受ければ、通常人ならば、その精神的損害も十分慰謝されるはずであるから、原告の慰謝料請求は失当である。

(三) 同(三)(弁護士費用)のうち、原告が原告訴訟代理人に訴訟委任したことは認め、その余は争う。

被告らは、本訴提起前に原告に対し相当額以上の損害賠償金の支払を提示していたから、弁護士に訴訟委任をする必要はなかったものであり、弁護士費用は被告らの行為と相当因果関係がない。

7  同7(名誉回復措置)は争う。

著作権法一一五条にいう著作者の声望名誉は、著作者の主観的感情は含まず客観的な評価を指すものである。

原告は銀行員であって、著述家として名前の知れた者ではなく、また、被告の複製方法も特に原告の名誉を害するような方法ではない。したがって、原告の客観的な名誉声望は何ら害されていない。また、本件の推薦者らは元々原告を知らないから、右推薦者との関係では、原告の声望名誉は侵害されていない。

三  被告らの抗弁(権利濫用)

被告らは、前記のとおり、著作権等の侵害の疑義表明を受けてから、直ちに著作者を訪ねて謝罪し、被告書籍の回収に努めた。また、代理人弁護士を選任して対応させ、相当額以上の損害賠償金の支払を提示した。そして、裁判は避けてもらいたい旨依頼した。それにもかかわらず、原告は、右依頼を無視して無益な裁判を提起したのであるから、これは裁判を受ける権利の濫用に当たる。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(原告の著作権及び著作者人格権)は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(被告らの行為)のうち、被告会社が、被告書籍を出版、発行、頒布、販売したこと、被告実藤が、被告書籍のうち侵害部分の原稿を作成したことは、当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、被告実藤が、侵害部分を含む自己の作成した原稿を被告書籍として出版、発行、頒布、販売することを被告会社に許諾したことは認められるが、被告実藤が被告会社と共同して被告書籍を出版、発行、頒布、販売したことを認めるに足りる証拠はない。

三  請求原因3(複製権侵害)、同4(氏名表示権侵害)は当事者間に争いがない。

四  請求原因5(被告らの故意、過失)のうち、被告実藤が故意に、被告会社が過失により、原告の複製権及び氏名表示権を侵害したことは当事者間に争いがない。

被告会社が、平成七年九月二〇日以降、故意に右各侵害行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

五  請求原因6(損害)について

右事実によれば、被告らは共同不法行為者として各自原告の受けた損害を賠償する義務がある。

1  同(一)(財産的損害)について

(一)  被告書籍の発行部数が三〇二〇冊であり、このうち頒布されたのは二六一二冊であること、被告書籍の販売価格が一冊四四〇〇円であること、書籍の出版により著作者が通常受領する印税は、書籍の定価の一〇パーセント相当額であることは、当事者間に争いがない。

被告書籍の定価四四〇〇円の一〇パーセントの額四四〇円に発行部数三〇二〇冊を乗じると、一三二万八八〇〇円となるところ、成立に争いがない乙第一三号証によれば、被告書籍(初版)の総頁数は四一七頁であると、認められ、別紙一覧表A欄によれば、被告実藤の複製箇所は、被告書籍の内七三頁、七六ないし八一頁、三八〇頁、三八一頁、三八三頁、三八四頁の計一一頁であることが認められる。

右の事実等の諸般の事情を考慮して、原告が被告書籍の発行について通常受けるべき金銭の額としては、一〇万円を相当と認める。

(二)  原告は、原告書籍は三名の共著であり、原告の印税取得分は三分の一と取り決められているから、原告が通常受けるべき金銭の額は、一一四万九二八〇円の三分の一である旨主張する。しかし、原告の主張は、被告書籍全体が原告書籍の著作権を侵害している場合に妥当するものであるところ、侵害部分は、被告書籍の一部に過ぎないから、原告の主張は失当である。

2  同(二)(慰謝料)について

(一)  争いのない事実に、成立に争いのない乙第六号証ないし第一八号証、乙第二〇号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる乙第二一号証、乙第二二号証の一ないし三、乙第二三号証の一ないし五、及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、平成七年九月一九日付内容証明郵便で、被告会社に対し、被告書籍には著作権法違反の部分が存在する旨通告し、侵害部分の販売差止、回収を要求した。右書面は、翌二〇日、被告会社に到達した。これに対し、被告らは、同月二一日、対応について打合わせの上、同月二二日から、原告を含む原告書籍共著者三名と面談し、被告書籍に原告書籍の無断複製部分が含まれていることについて謝罪した。

(2) 被告書籍の初版は、三〇二〇冊印刷された。同月二〇日時点で、そのうち、既に二四七六冊は販売、献本済みであった。その余は、倉庫に保管中のもの、営業員が販売用に持ち出しているもの、斡旋元に見本として置いているもの、書店に委託しているもの等、売り上げとして計上されていないもの(在庫)が五四四冊あった。

被告会社の担当者は、同月二二日に原告に面談した際、原告から被告書籍の発行の差止を要請されたこともあり、直ちに販売中止を指示し、その後、在庫分の回収に努めた。

その後、販売、献本済みとして計上される部数は、同月二九日時点で二五一八冊、同年一〇月三一日時点で二五九三冊と推移し、最終的に同年一一月一四日時点で、二五九八冊と確定した。最終的に、在庫分は、四二二冊となったが、そのうち、一四冊は行方不明であり、その余の回収できた四〇八冊は被告会社が廃棄して、その奥付を原告代理人に平成八年一月に送付した。

そして、右指示後も、発送済みの、ダイレクトメールによる申込書が三〇〇部郵送されてきたので、これについては、被告書籍から侵害部分を除いて作り直した書籍を配本した。

(3) 原告及び原告代理人弁護士は、平成七年一〇月九日の被告ら代理人との面談の際、口頭で、また、同月一六日付けの原告代理人から被告ら代理人あて内容証明郵便で、未販売の被告書籍の販売等をしないこと、侵害部分の廃棄、販売済みのものについて可能な限りの回収と廃棄、謝罪広告を出すこと、被告書籍についての推薦文を書いた推薦者へ著作権侵害の事実を通知することを求めた。また、原告代理人から口頭で損害賠償の要求もされた。

これに対して、被告ら代理人は、同年一〇月三一日付け内容証明郵便で、あらためて著作権侵害を詫びると共に、被告書籍の回収状況を報告し、謝罪広告及び推薦者への通知は過大な要求であるとして断ったが、被告会社に過失があったか疑問があるとしつつも、損害賠償及び慰謝料については合理的な金額を支払う旨回答した。また、被告ら代理人は、同年一二月一九日付けの原告代理人あて内容証明郵便で、原告側からの質問に答えると共に、「損害賠償金に慰謝料を含め」二〇万円を支払う旨提案した。原告は、右の提案に満足せず、訴え提起を求めるようになり、これを知った被告らの代理人は、平成八年一月一九日付け原告代理人あての内容証明郵便において、損害賠償金額は、若干上乗せを考慮するので、自主的解決に応じるよう求めた。更に、被告ら代理人は、同年六月一七日付けの原告代理人あて内容証明郵便において、早期解決を条件として五〇万円を支払う旨の提案を行った。

(4) もっとも、被告ら代理人は、右平成八年一月一九日付け内容証明郵便で、被告らからの話合いの提案を無視して裁判を提起するなら、被告会社は原告が勤務する大手銀行の名古屋支店に多額の預金があるので、同支店を介して和解の途を探る旨、また、平成七年一一月七日、原告代理人及び原告と面談した際口頭で、及び前記平成八年六月一七日付け原告代理人あて内容証明郵便等において、原告が独自に真実の著作者が原告である旨を被告書籍の推薦者に告知した場合は、右銀行の使用者責任を追及する旨も通告していた。

(二)  前記のとおり、被告実藤は故意により、被告会社は過失により、原告の氏名表示権の侵害行為をしたものであるが、右事実によれば、被告らは、原告から著作権及び著作者人格権侵害の指摘を受けた後、速やかに原告に対して謝罪をした上、被告会社において、被告書籍の販売中止を指示し、既に販売、献本済み以外のものの回収に努めたもので、その限りでは誠意をもって対応した、ということができる。

他方、被告ら代理人は、原告が和解に応じようとしないこともあって、右(一)(4)のように、原告の勤務先の大手銀行と交渉する、使用者責任を追及するなどと、本件紛争と関係のない原告の勤務先を本件紛争に引き込むことを示唆するなど不当な心理的圧迫を加え、被告らの権利侵害による精神的苦痛を増大させる行為を行った。

これらの事情に加え、被告らの行為の性質、態様等諸般の事情を考慮すると、原告の氏名表示権が侵害されたことによる慰謝料としては三〇万円を相当と認める。

(三)  なお、被告書籍の編集上、素材の選択、配列について、原告書籍と不当に類似している点があることを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、被告らの提出した乙第二一号証ないし第二三号証(枝番を含む。)は本件訴訟のために作出された疑いがあり、証拠価値がない旨主張する。しかし、原告が指摘する点についての被告らの説明は納得できるものであり、右書証に記載された売上部数等にも、不自然な点や他の証拠と齟齬が生じるような点は認められない。その他本件全証拠及び弁論の全趣旨によれば、右書証は本件訴訟用にコンピュータからプリントアウトされたものと認められるが、その記載内容が本件訴訟のために作出されたものであるとは認められないから、原告の主張は採用しない。

3  同(三)(弁護士費用)について

(一)  前記1、2のとおり、原告の財産的損害の賠償金及び慰謝料としては合計四〇万円が相当である。

また、後記のとおり、本件においては名誉回復措置の請求は理由がない。

そして、前記のとおり、被告らは、訴訟提起によらずに話合いによる解決を望み、原告が本件訴えを提起する前に、名誉回復措置に応ずることは断りつつも、平成八年六月一七日付内容証明郵便において、和解金として五〇万円を支払う旨の提案を行ったものである。

(二)  以上によれば、原告の本訴請求のうち、正当と認められる部分は、訴え提起の五箇月余り前に被告らが提示していたものであり、正当な請求を実現するために原告があえて被告らの提案を拒絶して本件訴えを提起する必要性はなかったものと認められるから、被告らの行為と、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起に関して手数料を支払い、報酬の支払約束をしたことによる損害との間には、相当因果関係が認められない。

六  請求原因7(名誉回復措置)について

被告らの本件氏名表示権侵害行為の性質、態様、規模等に、前記五、2認定の事実によれば、被告らは、原告から著作権及び著作者人格権侵害の指摘を受けた後、原告に対して謝罪をした上、被告会社において、誠実に被告書籍の回収努力を行い、一部不穏当な言動があったとはいえ、相当額の金銭の支払を提案するなど紛争解決に向けた真摯な態度を示している事情を考慮すれば、本件においては、前記五、2で認容された慰謝料に加えて、更に原告主張の各名誉回復措置の必要性があるとまでは認めることができない。

七  被告らの抗弁(権利濫用)について

被告らは、本件訴えは裁判を受ける権利の濫用に当たる旨主張する。

しかし、裁判を受ける権利は憲法上の重要な権利であるから、明らかに不当違法な目的を持って訴えを提起したような場合等はともかく、軽々に権利の濫用に当たるということはできないところ、本件においては、前記五2(一)認定の事情のみからは、原告が明らかに不当違法な目的を持って本件訴えを提起したとは認められず、他にこれを認めるに足りるような証拠もないから、被告らの抗弁は認められない。

八  結論

よって、本件請求は、原告が被告らに対し、各自金四〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降である平成八年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 八木貴美子 裁判官 沖中康人)

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